「奇跡の母」って、ぶっちゃけ「絶望」の隠蔽じゃね?吉田ゆりさんニュースのヤバすぎる裏側

NO IMAGE

ぶっちゃけ、このニュースの本質ってこれだよね

「『不完全な私』でも愛される」って綺麗事、その裏で「『完璧じゃないと』死ぬ」と戦う現実を、私たちは無邪気に消費してる。

どうしてこうなった?裏側のダサすぎる事情

ねえ、このニュース読んだとき、思わず「え、マジ?」ってなった? 小学4年生と2年生の娘さんがいる吉田ゆりさん。3歳と1歳の子供を抱えて、卵巣も子宮も全摘出。さらに、その後の闘病生活と子育てを「両立」させてるって…。

表面上は「強い女性」「奇跡の母」ってキラキラした言葉が並ぶけど、Webディレクターの私から見たら、これ、「社会の無関心」が作り出した悲劇なんだよね。

「女性だから」で片付けられてない?

まず、卵巣がんって、若くしてなる人が増えてるらしいじゃん? 20代後半~30代で診断される人も珍しくないって話。でも、メディアで取り上げられるときって、どうしても「母」としての側面が強調されがち。まるで、子供がいるから「頑張れる」「乗り越えられる」って、勝手にストーリーを押し付けてるみたい。

エンジニアの視点から見ると、これは「バグ」なんだよ。 個人の異常な頑張りでなんとか運用してるけど、根本的なシステム(社会保障、医療体制、子育て支援)に欠陥がある。その欠陥を、個人の「精神力」で無理やりカバーさせてる。

「ポジティブ」という名の燃料投下

「前向きに治療」「子どもたちのために」って、もちろん素晴らしいこと。でも、それって、「弱音を吐く権利」を奪ってるとも言えるんだよね。もし、吉田さんが「もう無理…」ってなったら、どうなる? メディアは「残念な結果」として片付ける?

「感動ストーリー」の燃料として、個人のがん闘病と子育てを消費してるだけって、冷たいこと言っちゃうけど、そういう側面は否定できない。

「共感」の裏に隠された、本当のニーズ

「私にもできるかも」「私も頑張ろう」って、多くの人が吉田さんのストーリーに共感する。でも、その共感の裏で、本当は何が足りないのか、みんなちゃんと考えてる? 「もっと手厚い支援があれば、そもそもここまで追い詰められないのに」っていう、社会への「不満」が、見えにくくなってる。

これからの生存戦略:結局、私たちがすべきこと

このニュース、「奇跡」とか「感動」で終わらせちゃダメなやつ。Webディレクターとしては、この「現象」から何を学ぶか、が大事。

1. 「個人の頑張り」に頼らない社会システムを要求する

吉田さんのようなケースは、異常事態。それが「普通」になっちゃったら、もう手遅れ。「個人の精神力」で乗り越えられる問題じゃないってことを、SNSでも、リアルでも、声に出していくしかない。

エンジニアとしては、これも「仕様変更」を要求するレベル。 個人のリソース(時間、体力、精神力)に過度に依存するシステムは、いつか破綻する。もっと効率的で、セーフティネットがしっかりした「システム」を設計・実装するべき。

2. 「弱さ」を晒せる安全な場所を作る

「頑張ってる人」だけが評価される社会って、息苦しい。「弱音」や「諦め」も、人間らしい感情。それが許される、言える、受け止められる場所が、もっと必要。SNSで「#戦う母」みたいに、無理にポジティブさを強要するんじゃなくて、「#つらたん」「#もう無理」でも受け止められるコミュニティとか。

3. 「綺麗事」の裏側を、常に疑う

メディアの「感動ストーリー」に、鵜呑みにならない。「これって、誰が、何のために、どう見せたいんだろう?」って、常に冷徹に分析する癖をつける。「情弱」は、残酷な消費社会の養分になるだけ。

吉田さんのストーリーは、確かに勇気をもらえる部分もある。でも、その勇気の源泉が「社会の不備」という名の「絶望」なんだとしたら? 私たちは、その絶望を「綺麗事」で包み隠すんじゃなくて、ちゃんと「絶望」として認識し、変えていくしかないんだよね。そして、それは「誰か」がやるんじゃなくて、「私たち」が。

#女子の本音 #裏側暴露 #情弱卒業

Trend Newsカテゴリの最新記事